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更新日
2011/10/21
車 名
Mercedes Benz SS 1929y
カテゴリー
ドイツ Germany
販売価格
Sold Out
コメント
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この26/120/180 Sの直列6気筒SOHCエンジンをさらに拡大して排気量を7050ccとし、140/200hp/3200〜3300rpmとした高性晩デルが1928年に登場した27/140/200 SSである。車名のSSはSuper Sportのイニシャルで、当時世界最高級の高性買cーリングカーとなった。シャシー重量は1270kgとSモデルよりもさらに軽量化され、最高速度は過給時で185km/hが保障されていた。メーカーからはエンジン付きシャシーの状態で販売され、それを購入したオーナーは市中に数多く存在していたカロッツェリアに持ち込み、自分が好むスタイルのボディを架装するのが普通だった。主なカロッツェリアとしては、ドイツのジンデルフィンゲン(Sindelfingen)、イタリアのカスターニャ(Castagna)、フランスのメ[チック(Saoutchik)、英フリーストン&ウェッブ( Freestone & Webb)など。価格は1934年当時でエンジン付きシャシーのみで31000マルクを超えたと言われている。ちなみに、同じ時期のメルセデス・ベンツのベイシック・モデルであった170(排気量1692ccの直列6気筒SVエンジン装備)は4ドア・ボディ込みで4400マルクであった。27/140/200 SSは、レーシング・フィールドでも大活躍を見せ、メルセデス・ベンツのモータースポーツに於ける黄金時代の一翼を担うことになる。27/140/200 SSのレーシング仕様車が初めてレースに出場したのは、1928年7月にニュルブルクリングで開催されたドイツGPで、後にメルセデス・チームのエース・ドライバーとなるルドルフ・カラチオラ、クリスチャン・ヴェルナー組とオットー・メルツが2台のSSで出場、1位、2位を独占するデビュー・ウィンを成し遂げる。ちなみに、2位になったSSのドライバー、オットー・メルツは、1914年6月28日にボスニアの首都であったサラエヴォでオーストラリア皇太子であったフランツ・フェルディナンドが暗殺された事件(第一次世界大戦の直接の契機となった)の時、フェルディナンドが乗るクルマのショーファーだった。27/140/200 SSの生産台数は1928年から1935年までの8年間でレーシング仕様も含めて102台であったという。